スピリチュアルが苦手な理由を考えてみた
当方、霊視のカウンセリングをしたり高次からの情報をもとにブログを書いたりしながら生活していますが、
ぶっちゃけスピリチュアルの分野は苦手なんだ……!!
昔からスピリチュアルに関してはさほど興味がなかったというか、そんなに心惹かれることはありませんでした。
なんなら今なお、自分のことを「スピリチュアル系」にカテゴライズされることがちょっと違和感……ってくらい。
……霊視鑑定とかしている身なのに何言ってんだお前って感じですね。
今は一般的に「スピリチュアル」という表現が使われているので、それに倣ってその言葉をよく使ってはいますが。やーーーー実はあんまり使いたくないのが本音!
世間的にきっと私は「スピリチュアル」にカテゴライズされるんだろうということは重々承知していますが!そして実際、自分の生活や仕事の中にかなり高い割合で高次のものや精神世界的なものが入ってきて、もはや自分の一部のようにさえなっているのに!日常の中にそういった存在がそこかしこにいるのに!
でも、書店の「スピリチュアル」のカテゴリーの棚の前に行ったら思うんですよ、「うん、なんか違うなあ」と。
従来の「スピリチュアル」への違和感
なんでこんなに違和感を覚えるのか。
実際にやってることはさほど変わらないはずなのに、一般的なスピリチュアルや宇宙系の話を目の前にするとどうしても「自分はここの分野じゃない」と思ってしまう。ジャンル違いというか……なんか分野?がちがう。
そしてそういったジャンルを好む人と、話が合う気がしない。人種がちがうというか、類友っぽく感じないというか。
考え方の違い?スタンスの違い?
その理由を考えてみた結果、きっとスピリチュアルの「現世利益的な側面」が私には合わないんだな、と気づきました。
個人的な興味の範囲は、人智学、神話、思想哲学、いろんな宗教の比較とか、そういう感じ。
何かを深く探究したり、目に見えない世界を学問的な視点から向き合っているような、そういう分野の方が何だかホッとするというか、落ち着きます。
いやあ、専門書を扱っている書店に行くとたまに「辞書か?」と思うほど分厚くて大きくてゴツい本、売ってますよね。レジに空箱持って行かないと中身が見れないやつ。
ああいうの超気になる〜〜〜買いたい〜〜〜ワクワク!ってなるんですが、お値段も目玉が飛び出るほどするし何より物質的に重すぎて自力で持って帰れる気がしない…笑
歴史的に、人間はどんなふうに高次のものと関わろうと試したのか?どのように解釈していたのか?そこから学んで、世界を解読していくのはとても楽しそう。
_____うん、これは流石に趣味の域かな。
でも、そういう目線の方が、個人的にはしっくりくるんですよね。肌に合う。
人間に都合のいい神様たち
でも、やっぱ人間から需要があるのって「自分を幸せにしてくれたり応援してくれる高次の存在」なんだよね!というのもひしひしと感じます。
「神様とお友達になって人生がうまくいく」「お金のエネルギーを学べばお金持ちになれる」「宇宙の法則を知れば悩みはなくなる」____
自分の人生を良くしたい、と思うのは人間なら誰しも持っている願望だし、それを叶える手段があるならそれを知りたいと思うのは自然なこと。それはわかる。めっちゃわかる。
でもさ、高次の存在も宇宙の法則も、なんでも叶えてくれる四次元ポケットじゃないのよな。という考え方が私の根本にあるんですよね……たぶん、違和感の発生源はここ。
事実、高次の概念は何のためにあるか?を考えると最終的には「人間が幸せになるため」だから、そこに関しては間違ってない。むしろ、正しい。
そう思う一方で、これは言っておきたい。
「人間が思う”幸せ”と高次目線での”幸せ”、だいぶニュアンス違うからな!?」同じ言葉で表現してるけど、言葉が指している内容、被ってないところも割とあるよ!まあまあの割合で「試練や苦難の多い人生って幸せだよねえ!波乱万丈!いえーい!」みたいに思ってる高次のものだっているから…。
それでも人間は「高次や神様は(自分が思った通りに)幸せにしてくれる」と思って要求するし、神様側は「オッケー、(高次的な目線で)幸せにおなり!」って与えるわけです。
その微妙にお互い食い違っているコントみたいな現象を体験した後に「高次は願いを叶えてくれる」系の情報を見ると「うーーん」ってなるんですよね。※個人の感想です
高次の存在の手を借りて幸せになろうとしたら、まあ、できなくもないとは思う。でも、そんな力を借りなきゃ成立しない幸せなんて砂上の城じゃない?
だってそもそも、人間は高次の存在なんて知らなくたって幸せになれるように世界はつくられてるんだもの。
(※これも宇宙の法則の一つ)
人間として、自分自身の思考と理性と感覚を駆使してこの世を生きるから楽しいんじゃないか。
わざわざ高次の感覚を忘れて生まれてきて、せっかく「人間」として生きてるんだもん。
そのメリットを最大限活かしたいじゃないか。
世界を解釈する道具としての、高次の存在
これも個人的なスタンスですが、私にとっての高次の存在は「自分や世界をどう解釈するか?」の参考資料のようなものと考えています。ゲームでいうところの攻略サイト。映画でいうところのパンフレットの後ろの方の監督の思いのページ。料理のお皿の上のパクチー。
高次の概念なんて、自分の考え方や価値基準、生きる指針を決める際の、一つの方法にすぎない。絶対に知っておかないといけないことでもないし、知ったからと言って幸せになるとは限らない。
……それにパクチーばっかり食べてたら舌がおかしくなるでしょ……薬味ってそれ単体じゃなくて、別のものと一緒に食べる時のアクセントじゃん。
スピリチュアルは、自分の人生のちょっとした補助道具。それくらいの気持ちでいるのがベストなんじゃないかなと。
______て、言いながらやってる仕事は霊視カウンセリングとか概念的なものを扱うイラストなんですけどね?ええ、そうです。私はつまりパクチー農家です。
即物的なことはようわからんよ……
このような思想に基づいて活動しているので、霊視カウンセリングでも即物的なアドバイスはあまりできません。まあ、依頼者さんの守護担当が「ここは具体的に答えられる」とジャッジした情報はお渡しできますが……
魂としての悩みの根幹や、生きていく中で対面する課題、試練、そういったことに関して、ちょっと不思議な味がするパクチー的なポジションからの情報をお渡しする…て感じです。
……。
……えええん無理だよおおお、お金持ちになりたいですとか言われても!
仕事がんばれ、くらいしか言えないよおおおお!
そりゃ、もちろん仕事をどうがんばるか?とか、そのために必要な自己内観とかについてはお話しできますけども!お金の使い方(高次目線)のお話とかはできますが!
「お金担当の神を呼んできます!」的なサービスはやってないんだよおお……
えー、真面目な話、現世利益、即物的な願いを高次に託す場合、対応してくれる存在によっては「対価」を要求されることもあるんですよね。「願いを叶えてあげるから、こっちの願いも叶えてよ」スタイル。
それをちゃんと事前に説明してくれればいいですけど、あんまり説明しないタイプのものもいるので。「願いを叶えてあげたんだから、こっちの言うことも聞いてよ」系ね。無料だと思ったら有料でしたー、的な後出し。
個人的には、そういったタイプに万が一遭遇したらクーリングオフしたほうが良くない?と思ってます。
人間は、現実の世界を生きることが幸せへの近道。そう、自分は考えています。
霊視カウンセリング(オンライン)
商品紹介
関連情報
アーティスト / スピリチュアルカウンセラー|箱白
霊視、チャネリングを通してスピリチュアルと宇宙の法則を探究をしている【箱白】の公式サイトです。
スピリチュアル的背景を土台にしたアートやイラストも制作したり、霊視カウンセリングもやってたり。
ハイヤーセルフや守護霊様などと繋がる中でメッセージをお伝えしたり、高次の方のビジュアライズもいたします。
ご自身の人生や認識する世界の解釈にお役立てください。
「必要なものに、必要な分だけ、過不足なく、絶対に存在する」