ハイヤーセルフと繋がりが安定するまでの話。精神修行期回顧録1
「ハイヤーセルフと繋がったら、どんな感じになりますか?」
この質問、とてもよく頂きます。一言で表現するなら自分の中にびっくりするほど達観している「俯瞰視点モード」ができるって感じなんですが、今回はこれを詳しく書いてみようと思います。
____っていうか、これ、きっと最初に書かないといけないやつだよね……なかなかしっくりくる表現が見つからなくて、気付けばこんなに時間が経っていました。あはは。
なので今回はよく言われている一般論ではなく、私自身の体験をベースにした「どんな体感なのか?」を中心に、まとめてみようと思います。
ハイヤーセルフとの繋がりが不安定なころのこと
「ハイヤーセルフとつながるとどうなるか?」という話題では、一般的には「本来の自分に戻れる」「人生に迷わなくなる」「悩まなくなる」みたいな言葉で語られることが多い気がします。
私も同意します。ただ、同意はするんですが「あくまで一言で言えばたしかにそれはそうなんだけど、それはなんというか、究極的には、みたいな話だから決してそれだけじゃないんだよな」が本音です。
そして結構な盲点かなと思うんですが、どういう過程を踏んで究極的にそういう状態になるのか、というところは意外と語られてないような…?(いや、語られているのかもしてれないけど、もしかしたら有料エリアとかで書く人の方が多い話題なのかも?)
実際の体感としては、もう少し複雑で人間くさいものでした。
自分の中に「ハイヤーセルフモード」が加わる
私の場合、ハイヤーセルフと繋がるようになった当初、
• 普段の「人間としての自分」
• ハイヤーセルフと繋がった「俯瞰視点の自分」
この2つのモードを切り替える生活から始まりました。
人は誰しも自分の中にいろんなモードを持ってます。たとえば、家モードの自分、友だちといるときの自分、仕事モードの自分……全部自分自身であることには変わらないし根っこの部分は同じだけど、表面に出てくる考え方や言葉などは違いますよね。
この普段持ってるモードのなかに、「ハイヤーセルフモード」が加わることになります。
普段は普通に人間と今この瞬間を生きてるけど、ハイヤーセルフモードでは自分の人生全体を眺めるような感覚を持ちながら目の前の事象と向き合うことになります。
ハイヤーと完全に繋がり始めたばかりの頃は、その感覚が新鮮で、「じゃあもう、ハイヤーの視点中心で生きてみよう」と思ったんですね。
ハイヤーセルフの視点のみで生活してみたら
結果、悩まなくなりました。そして執着もなくなりました。
どんなことが起きても「まあ、最終的にはすべて無だしな〜〜」ってなるし、悩むことが馬鹿馬鹿しくなります。「悩む必要ある?」みたいな感覚になる。超便利です。ただ、便利だけどやりすぎるのは良くない。想定外の問題が起きました。
悩まなくなる代わりに、楽しい・嬉しい・喜びといった感情も、どんどん薄くなっていったんです。
嬉しいことが起きても、「ありがとう、嬉しいね」…で終わって、どこか冷めている。いえ、冷めるという感覚すらないです。平坦です。静かな水面にさらっと波が揺れた、くらいの程度の感情です。喜びを噛み締める感じにならない。いえ、嬉しいし満足なんですが、ちょっと浮世離れした感覚というか。
マイナスの感情を持たなくなった代わりにプラスの感情もなんか薄くなりました。うーん、嬉しいとか楽しいっていう感情は普通に感じていたいんだけどなあ?______そう思った私は、「嬉しいときはチャネリングを切って、人間に戻ろう」という方針をとることにしました。
悩むときは俯瞰視点。
嬉しいときは人間視点。
これでいいと思っていたんです。
_________まさかこれが大きな落とし穴だったとは、当時の私は思いもしませんでした。
喜びのインフレが起きる
ここに大きな落とし穴がありました。感情がプラスにしか動かなくなると、プラスの感情に慣れてしまうんです。どうなるかというと、こういう感じです。
• ちょっとした幸せでは満足できない
• もっと大きなラッキーがないと喜べない
喜びの感情がインフレを起こすんですね。喜びの感情に鈍感になる、とも言えるかもしれません。イメージとしては、美味しいものを食べ過ぎて高級料理でも感動しなくなる感じ。そうなると、「ありがたい」という感覚が薄れていきます。
さて、ここからはちょっとそもそも論です。実は、ハイヤーセルフとつながっている時の特徴として、以下のようなものがあります。
・さまざまなことにありがたみを感じる
・自分が周りに生かされていることを自覚する
・その上で、自分の生きる意味がわかる
うわあ〜〜〜なんてスピっぽい文言なんだあ、と書いてる自分でも思いますが、でもねえ、実際そうなんだよねえ。でも、喜びのインフレが起きると、この「ありがたみを感じる」がなくなります。その条件を満たさない状態で、でも視点だけは俯瞰している。すると?
_____ハイヤーセルフに繋がっていない状態で、俯瞰視点で物事を捉えることになります。ただ、視点は相変わらず俯瞰してるので「自分がハイヤーセルフの繋がっていない」と自覚するのが超難しい。
俯瞰視点を持つこととハイヤーセルフにつながることって、実はイコールじゃないのです。似てるけど、違うんですよ。初見だと、まず見分けれられないと思います。私ももちろん、見分けられませんでした!てへ!!!
行き着いた先は「虚無」
悲しくもない。嬉しくもない。感謝もない。だから楽しくはないけど、辛くもない。達観はしているけど、生きている実感がない。静かでぼんやりした、無…のような何か、みたいなモードになります。いつの間にか。なっていました。
まあ、本人としては「ハイヤーと繋がっているつもり」なんだけど。実際は、虚無と繋がっている状態でした。
で、そのうち、人生自体に飽きてくるんですよね。
「なんで生きてるんだろう?」「ここにいる意味ある?」完全に不健全な状態でした。俯瞰的な視点にいるので自分ではハイヤーと繋がってると自分では思ってるけど、一方で生きる意味を見失ってるし、うっすらした悲観がありました。
しかし幸か不幸か、私はこの「虚無」を過去に体験したことがありました。(実はnoteで書いてるんですが、クッソ重い鬱な内容なのでここではリンク載せません)
私「_____これ、虚無じゃね???」
と気づきます。視座は高いのに視野は狭い。悲しくないのに満たされない。な、なぜだ?!俯瞰してることは変わりないのに…っっ?!?!
人間讃歌の意味を知る
で、あるとき、はっきり気づきました。
私「_____俯瞰視点とハイヤーセルフ視点って、イコールじゃないのでは????」
俯瞰視点だけで生き続けると、行き着く先は虚無かもしれん!と気付いたので、そこで思い切って原点回帰します。人間の視点に戻って、今ここの生活をしようと。
結果。
私「人間って、いいじゃん!!!!」
人間視点に戻った瞬間、世界がものすごく感情豊かで、美しく感じられました。楽しいだけじゃなく、悲しい、怒る、焦る、嫌だなって気持ちまで、愛おしい。生活の中で嫌なことがあっても、本気で等身大の悲しみを噛み締めてひととおり泣きまくった後に「くううう〜〜〜っ!私、今めちゃくちゃ人間やってる〜〜〜〜!これぞ!人間生活〜〜〜!」って思ってる。虚無の時のグレーで動きと色彩が鈍くなった感じとは大違い。
さて、この「くううう〜〜〜」の感情の内訳は、こんな感じです。(※読み飛ばして大丈夫です)
「マジで悲しい。無理。もう二度とこんな体験したくない」
「人間じゃないとこの等身大の感情って味わえないよね!お得!」
「とはいえ悲しいですが?悲しいの嫌なんですが?」
「でもこの悲しさがあるから、他のプラスの感情が際立つんだよねえ〜これがなきゃ感謝ってできないよね〜」
「成長の糧になるう!経験値ゲット!」
「この体験、無駄にしてたまるか。絶対何かしらに役立ててやんよ」
「ウケる。役に立つに決まってるじゃん、そういう人生にしようって今自分で決めたんだからそうなるわ」
「そうなる?ちげーよ、そうするんだよ、私が」
「良い。ならばそのようにすればよかろう!ほほほ」
面白いことにそのとき、人間として本気で感情を味わっている自分と同時にそれを微笑ましく見ている俯瞰視点の自分も、ちゃんと存在していました。_____これね?ハイヤーセルフの視点、これね?これがハイヤーセルフの視点ね?
ハイヤーセルフの視点とは
どうやらハイヤーセルフの視点とは、俯瞰視点かつ今世を送る当事者視点が両立して初めて理解できるもののようです。
どっちかじゃなく、どっちも併せ持つのがいいっぽい。
いやーー、ね?変だと思ってたんだよ。だって、ハイヤーセルフと繋がるのってかなり俯瞰視点になるじゃん?なのにスピリチュアル的な人って大体言うやん、「今ここを感じましょう」とか「自分自身に戻りましょう」とか。これって全く逆方向じゃね?って思ってたんですよね。
「バックグラウンド再生」という感覚
さて、ここで発想を変えました。以前は、
• ハイヤーになると人間感覚を忘れる
• 人間に戻るとハイヤー視点を忘れる
という完全切り替え式だったんですが、今は人間視点がメインで、ハイアー視点がバックグラウンド再生式という状態になっています。つまり、常に同時進行で視点が存在するようにして、その時に応じてどちらの感情の層に注目するかを自分で選ぶようにした、ということです。
たとえば、原稿の締め切りに追われて「やばい!焦る!」ってなっているときも、焦りの感情がある一方で別の層では「まあ、なんとかなるよね」「これもいい経験になるわ」みたいな気持ちも常にあるわけ。だから、どちらにフォーカスするかは自分で選ぶ。そう、自分の主体をどちらの層を選択できる位置に持ってくるんです。
焦ることでやる気が出て頑張れるわ!と思ったら「焦り」の感情の層に注目して「っひゃ〜〜〜〜やべ〜〜」ってする(「まあ最終的にはどうにでもなるっしょ」の感情はバックグラウンド再生)。
もし、焦りすぎて何も手につかない状態になるようなら、「まあ最終的にはどうにでもなるっしょ」の感情の層を表面に持ってくる(「ううううう〜〜〜やべ〜〜〜〜〜〜」はバックグラウンド再生)。
これが、今の私にとって一番しっくりくる形です。
ハイヤーセルフの声は、あくまでバックグラウンド再生
後からハイヤー姉に聞いた話ですが、あの虚無状態は「調整期間」だったそうです。
ハイヤー姉「こちらも配合がなかなか難航してしまっての。そなたの魂の中にどれくらいハイヤーを混ぜるか、という調整は、本当に繊細なのじゃ。匙加減が難しいのに、思っていたよりそなたのグラウンディングが下手すぎての……混ぜすぎたハイヤーを減らしてもそなたの魂がうまく戻らずに、結果的に魂が薄い状態が一定期間続いてしまった」
私「そんなことあるの」
ハイヤー姉「その結果どうなったかというと、霊障まで引き起こしてしまった!」
私「最悪やん」
ハイヤー姉「もちろんその辺の有象無象はこちらで処理しておったが、そなた自身が引き寄せてしまう分はこちらでも防ぎようがない」
私「それ言われた気がする……。なんか知らんものがこっちにくるから「来るなよ!」って言ったら相手が「お前の引力に引きずられて来ちゃうの!被害者ムーブすんなし」みたいな」
ハイヤー姉「しかし、そうなってしまったものは仕方ない!と早々に切り替えて、せっかくならばこのハプニングをそなたの修行の一環にしてしまえ☆と思うて、カリキュラムを調整しておった」
私「でた。ハイヤー姉の、ハプニングを『せっかくなら利用しちゃえ』の思考転換」
ハイヤー姉「そなた自身も、そういう思想を持っておるから理解できるじゃろ?もしそなたが私の立場なら、同じことをしていたであろうな」
私「そうね。ハイヤーセルフとは言っても、究極的には私と同じ魂だもんね。そういう価値観とか一緒だもんね」
___そんなこんなで、今は
• 基本、生活は人間視点
• 必要なときだけ俯瞰してハイヤーとつながる
これができる程度の配合率に落ち着いています。
仕事のときのハイヤーセルフモード
ちなみに、カウンセリングや霊視のときはハイヤーセルフモードになることが多いです。が、やはり完全にハイヤーセルフ視点に振り切ることはしません。
俯瞰しすぎると相談者さんの感覚が分からなくなるので、人間視点を保ちつつ、バックグラウンド再生の音量を上げる感じ。これを私は「霊視」と呼んでいます。この匙加減の調整には、正直1年〜1年半くらいかかりました。その間、体調もかなり崩しましたが、今は安定しています。は〜〜〜〜大変だった〜。
このブログを書いた理由
ずっとこの感覚をどう説明したらいいか分からなかったんですが、「バックグラウンド再生」という言葉がしっくりきたので、このブログを書くことができました。ハイヤーセルフと繋がった結果こんな感じになったよ〜っていう、一つの事例として読んでいただけたら嬉しいです。
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